Cipresso of our church members

キリストに在る人々が待ち望む永久への旅立ち

しばし主に在りて眠る場所

今朝はやけに寒いと感じたのですが、早朝は10℃くらいでした。
快晴の秋晴れで、このまま24℃まで気温は上昇するようです。
雲で覆われていると放射冷却が起きないので温かいのですが、晴れた日の朝は寒いです。

午後からK.Nakama兄の納骨式、その後ご自宅で感謝祝福祭の予定で、
その時刻には気温も上昇しお天気も最高になることでしょう。
昨年召された奥様のMari姉と共に、ご再臨のあしたまで遺骨はしばし静けく墓所に眠る事になります。

聖書には、キリストを信じて救いを受けた者は死んでも再び甦るとあります。
その第一号としてキリストは三日目に墓から甦りました。
そのようにキリストは彼を信じるすべての者たちの模範となられました。

しかし墓の中には骨があるだけですが、どうしてそれが甦るのでしょうか。
DNAという体の設計図がそこに残っているのは分かりますが、それはあくまで理論上の話です。
しかし聖書には預言者エゼキエルが具体的にそのビジョンを見せられたさまの記載があります。

わたしが預言していると、音がした。
見よ、カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づいた。
わたしが見ていると、見よ、それらの骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った。
しかし、その中に霊はなかった。
主はわたしに言われた。
「霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。
主なる神はこう言われる。
霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。」
わたしは命じられたように預言した。
すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。
彼らは非常に大きな集団となった。

エゼキエル書37:7-10 新共同訳聖書

霊魂と体を救う神の計と永久の愛

キリストを信じて墓に眠った人々は必ずそこから甦る日が来ます。
ですから必ずいつか目覚めるの意味から「眠る」という言葉を用います。
キリスト教ではない方々もその言葉を用いるのは、とりもなおさずそれが本望だからです。

人体はどんなにあらがっても老化する運命にあり、それは死の力に引っ張られています。
そう考えると、毎朝起きておはようございます、などと悠長な事は言っておれないわけで、
お互い寿命が一日分短くなりました、とか何とか言うべきなのです。

ただ墓に眠るのは骨などの外側だけで、本体である霊魂は天国にいるわけです。
そして外側である体が墓から甦る時に、霊魂は天国から降りて来て甦った自分の体の内に戻ります。
それが復活であり、その復活の体に対し死は永遠に無力です。

そして再び復活の体で天に挙げられて行く、それがキリストに救われた者の運命です。
難しい事は何もなく、その日が来れば起こるだけで、そう信じる人のみに起こる話でもありません。
つまりこれは信仰ではなく、バプテスマを受けた人々の希望なのです。

かいつまんで言えば、キリストの救いは人の霊魂のみならず、肉体にまで及ぶものです。
つまりキリストに在る死者にとっては、永遠の眠りにつくと言う言葉はありません。
聖書の言葉は私達に永遠の慰めを与え、かつ信仰と希望と愛の三つは永久に続くと教えてくれています。


すなわち、合図の号令がかかり、
大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、
主御自身が天から降って来られます。
すると、キリストに結ばれて死んだ人たちが、
まず最初に復活し、
それから、わたしたち生き残っている者が、
空中で主と出会うために、
彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられます。
このようにして、わたしたちはいつまでも
主と共にいることになります。
ですから、今述べた言葉によって
励まし合いなさい。

テサロニケの使徒への手紙一 4:16-18 新共同訳聖書
By Shinichi Uema
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