Cipresso of our church members

主の復活祭

エッセイ 2018/4/1

今年は丁度4月1日が復活祭。新年度の始まりでもあり、新鮮な感じがします。そこで新年度初日にはコラムなりコメントなり書かねばならぬと思い立ってパソコンに向かっています。修正なしで思いついた事を思いついたままに書いていますので、もし失礼があったらお許し願います。しかし本当はこういう風に書くのがブログというものかもしれませんが。

明日は私用で東京に出かけますが桜はまだ見ごろでしょうか。あまり期待はしないでおきたいと思います。

今月、今年度もあと半時間で終わるところです。振り返るとなんやら慌ただしい月でした。

入院手術に始まり、抜糸の翌々日ハワイ大聖会へ飛び、終わった翌日はロスアンジェルス空港に真夜中到着。アナハイム教会に於いて告別式を終えると、金曜日に帰宅して安息日礼拝を終え、翌々日の月曜日には東京へ。木曜日に最終便で東京から帰って来ると2時間後に二見姉が天に召されましたという報告を受けました。

土曜日に無事告別式を終え、日曜日は福岡まで車を走らせて日帰りすると、月曜日には家庭集会。水曜日から芦屋伝道に行き、金曜日に帰宅してその晩は礼拝。

そして今朝は鹿児島教会で礼拝し、午後は加治木教会で礼拝。そしてやっと一息ついている所ですが、明日から東京なので、荷造りの傍らでこのブログを書いているという次第です。

まだあの時の全身麻酔が体内に残存しているのか、疲れが溜まっていたのかわかりませんが、納棺式のお祈りの時は少し息苦しくなってしまい、あわや自分が棺の中に倒れこむところでした。そんなことになれば康姉にはただでさえ窮屈な所なのにたいそう迷惑な話だったことでしょう。

いずれにせよ今自分がどこにいるのかも定かでなく、言うに言われぬ浮遊感を覚えながらその日その時、舞を踊っている様に過ぎ去った一か月間でした。しかし振り返ってみると見事な放物線を描いてすべてが無駄なく隙間なく重複なく綺麗に美しく秩序だっています。これこそ神のなさる奇跡の業以外の何物でもありません。

またそこには終始一貫してただ一つの神の言がはっきりと示されていました。それは私の霊の眼を開いてこの世のあらゆる不条理に終止符を打たせてくれるものでした。いつか麻酔が切れたらお話させて戴きましょう。

それでは主の復活祭をお祝い申し上げます。ハレルヤ

「神の為したまふところは皆その時に適ひて美麗しかり」

By Shinichi Uema
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