
回転寿司と食欲の秋
引き続き晴天です。鹿児島の10月は格別にいい季節と言えます。
昼はまだ暑さを感じますが、夕方は日も暮れるのが徐々に早まり
音楽を聴き、或いは読書する傍らで涼しく静かな夜の帳が訪れます。
感傷的ロマンチシズムの秋とは裏腹に食欲の秋でもありますが、
昨日はランチのご招待を受け、自転車で回転寿司へ行きました。
店の入り口でスマホを確認すると43番テーブルへと、はたしてそこに待っておられました。
正直近所とはいえ、その店に入るのは初めてのこと。
そのお店の斜向いに最近もう一つの回転寿司屋がオープン。
競争の激しい業界の様ですが、住民にしてみれば至極便利ではあります。
以前は自分で声を出して注文せねば、干からびるまで回り続けるネタを取る羽目に陥ったのですが、
今は電子パッドのメニューからボタンを押して注文し、
注文した皿が自分の席に来ると自動でお知らせしてくれますので取り逃しもありません。
平日だったので、一皿99円、メニューも豊富で、うどん、そばまであり、終いにはデザートも。
年中無休で、夜は11時まで営業していると聞くと唖然としてしまいます。
今はサンマも高いのに、炙り秋刀魚一貫で99円はきのどくなほどです。
一人の自由と孤独の束縛と
わけても良いのはテーブルのシステムで、一人で食べるには最適空間が提供されています。
自由というのは常に一人である事と分かちがたく結ばれていて、それは致し方ないにせよ、
一人と孤独とは別物であるのも事実です。
最近突然自らの命を断って居なくなってから惜しまれる人をみると、
どんなに大勢の人々に囲まれて居ても、つまり一人ではなかったにも関わらず、
孤独だったのかも知れません。
人は決して一人ぼっちになってはならない。とはあらためて生きる鉄則であるかと思います。
自由を愛するなら一人である事を愛するのは必然ですが、
損得無しで話せる友達や仲間がいるのかどうかが、孤独との境界線になるのは確かなようです。
またあなたがたに言うが、不正の富を用いてでも、
ルカによる福音書 16:9 口語訳聖書
自分のために友だちをつくるがよい。
そうすれば、富が無くなった場合、
あなたがたを永遠のすまいに迎えてくれるであろう。