
バッチリ天気
昨日に引き続き今朝も最高の気温というか、お天気バッチリです。
しかし予想どおり昨日は昼ごろから暑くなって36℃あたりまで上昇しました。
一昨日が寒かったので、気温差が体に堪えますが、
いずれにせよ梅雨はまだ明けていないので、気温の乱高下はこれからしばらく続くかも知れません。
常識の手綱
奇蹟の受け取り方も一応昨日で書き終えたと思います。
結局日常生活の中で奇蹟を受け取っている人が
心得るべきは案外、普通の常識だったりします。
なぜかと言うとバランスを保つ必要があるからです。
もし奇蹟を受けている人が
更に奇蹟と称して常識はずれの行動をとれば、
たちまち転覆してすべては海の藻屑と消えるからです。
奇蹟の海を航海している人は奇蹟の海に溺れない為に
決して常識の手綱を離してはなりません。
魑魅魍魎の世界
ではその常識とは何でしょうか。
世間の常識はいい加減過ぎてあてになりませんが、
その世間の常識から見ても
理解に悩む不審な行動をしている人がいたら
それは信仰と言うべきものではないはずです。
もし神を信仰していると言いながら
世間の常識以下の行動をしているなら
それは決して信仰と呼べません。
単なる珍行動です。
しかし現代社会は信教の自由の元で、
エセ宗教による珍行動が横行しています。
彼らの目的は人の自由と意志と財産を搾取する事です。
エホバの証人、モルモン教、統一協会はその筆頭ですが、
それ以外にも数知れず宗教と称する魑魅魍魎の世界が広がっています。
自己崇拝
その世界に魅せられる側の問題点としては自分の欲に蓋をして気付かない点です。
別の言い方をすれば、自分を愛せない問題です。
ありの儘の自分を肯定出来ずに、
醜いと思われる箇所に蓋をしてカッコイイだけの自己像を創り
あげくの果てにそれを拝みだす。
こうなるともう、救いようのないバカです。
しかし大なり小なりそれが似非宗教にハマる人々の共通項です。
言うなら、大勢の人々から自分が崇められたいのです。
頭が軽いのです。
しかしその根底にあるのは恐ろしいほどの孤独と寂しさです。
常識のレベル
そこで世間の常識が最低ラインの目安としては必要となります。
つまり世間の常識以下では駄目です。
言い方を換えれば、正しい信仰は世間の常識から見ても正しく見えるはずです。
いやはるかに正しいのです。
なぜなら常識の上のレベルにあるからです。
では上のレベルの常識とは何でしょうか。
それは聖書です。
その理由は単純なものです。
聖書は毎年6億冊以上も販売されているからです。
新約聖書は2000年前に書かれて、旧約聖書はもっと古くからあります。
この200年間でも約4000億冊の聖書が発行されています。
世界の常識
つまり聖書は世界的にも歴史的にも公認された常識であり、基準です。
世界の常識のデファクトスタンダードになっています。
日本の常識は世界の非常識と言われますが、それは
日本人が聖書を知らないからです。
富を得るたった一つの事
さて、本題に戻って
富を得るたった一つの事。
しかし、満ち足りる心を伴う敬虔こそ、大きな利益を受ける道です。
テモテへの手紙 第一 6:6 新改訳
礼拝
つまり聖書の言と異言の祈りによって神を礼拝し、
心が平安で満たされているなら
富は背後からついて来ます。
必要な時
そうしていれば必要な時にはその必要が目の前に備えられます。
なぜならいつでも富が後ろに控えているからです。
七転八起
しかし後ろを振り返って
それを追いかけた瞬間にバランスは失われます。
七転び八起き、転んでもタダでは起きない、
も良いのですが、大切なのはその繰り返しから
後ろのものを忘れ、前を向いて歩む大切さをいち早く学ぶことです。
そこに成長があり、人格の成熟への扉が開かれています。
使徒パウロは次の様に言っています。
ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、
フィリピの使徒への手紙 3:13 新改訳
帰らざる富
ただし先に飛び去った富はおそらく帰って来ないでしょう。
新たに来たのは別の富です。先の富よりは小さいかも知れません。
どういうわけか初めの富は大きいのです。そして徐々に小さくなります。
しかしそれを最初で掴める人は多くありません。
恵みの障壁
人の欲が如何に神の恵みを拒む障壁であるかを神は教会を通して、
それを全く失う前に何度も繰り返し教え気付かせようとされます。
秘訣
富を受ける事が出来るかどうか。
それは常に人間側にある問題であって、神の側にはありません。
自分の背後から富がついて来ている状態を維持する事に秘訣があります。
この世の人々
そして世の多くの人々は目の前に富を得られないから失敗しているのではなく、
すでに持っている富を無駄に奪われ搾取されて、失敗している事実が見えてきます。
締め
上記の聖句を書いた使徒パウロは同じく次の様にも言っています。
ではこの聖句をもって今回の一連のテーマ
「奇蹟の受け取り方」
の締めくくりとさせて戴きましょう。
私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。
フィリピの使徒への手紙 4:12 新改訳