
今朝日曜日は6時起床。
赤いビニール袋に入った危険物ゴミを集積場までキャリーに載せて運搬。
天気良好、秋晴れ、運動会。運動着の子供たちは学校へと向かい、開催合図の花火も打ち上がりました。
禍の読み方
いつの頃からかコロナ禍と呼ばれる様になって、はじめは読み方が分かりませんでした。
わざわいの意味の字「禍」を「か」と読むと知り、あらためて禍とは縁遠かったと気付いたのですが
こんな奇妙な文字を見たのは生まれて初めてと言ってもよいです。
鍋という字にも似ているので、コロナなべとは一体何ぞやと、
家内に聞けばおまえアホかという面持ちで見られたので、
相当やばいかも知れないと思い早速ネットで調べました。
それで同じわざわいでも災と禍の二種類あると知りました。
たしかにそう言われれば、人間の力ではどうしようもない自然災害だと、忘れた頃にやって来る、
などと声を掛け合いながら備えを成す以外は不可抗力です。
しかし禍の方のわざわいになると、人間の努力で何とか解決出来るというわけです。
それでマスクとか外出を控えるとか、他にも生活が一変するほど様々に
人間側の努力が加味される部分は、一方的に来る自然災害とは違っています。
施与(せよ、ほどこし)
漢字というのはよく出来ているもので、もう少し調べたいと興味が沸いて来て、手元にある二種類の漢和辞典を引いてみました。
「禍」の左側にあるのは「しめす」へんです。しめすへんとは穏やかではありません。
案の定、解字解説に、「神に祈り求めるものからずれた望ましくない神の施与」とあります。神の施与とは、つまりたとえ自分が望まなかったにせよ、神の恵みという意味でしょう。
今度は「禍」の右側を見てみると、上の部分は「骨」という字の上部と同じという事です。
関節骨がはまり込む丸い穴を指します。という事は、もし外れていた関節が元にはまり込むなら、
その時の痛みは決して一概に悪いものと決めつけられません。
もう一つの漢和辞典によれば、「示」は祭壇の事で、「咼」と組み合わさると
神のたたりを受けて思いがけなく穴にはまること、になるそうです。
「災」は、順調な進行を遮る災害だそうで、漢字で見れば両者の違いは一目瞭然です。
結論として、二つの辞典はそれぞれの共通点と相違点を持っていました。
「禍」が思いがけない穴に落ちた痛みなのか、外れた関節を正常な位置に戻そうとする痛みなのか、ドラマ仕立てで言えば「解釈はあなた次第です」となります。
いずれにせよ、素晴らしくも奥深き漢字文化の施与にあらためて感謝してしまう次第です。