
信仰のことば
朝から小雨が降ったり止んだり
気温も低く最高7℃。霰が降った所もあったようです。
ここは雪も降らずで感謝です。
昨晩は茶楽園での集会がありました。
開かれた聖句は
マルコ11:22-24でした。
22 イエス答へて言ひ給ふ『神を信ぜよ。
23 まことに汝らに告ぐ、人もし此の山に「移りて海に入れ」と言ふとも、其の言ふところ必ず成るべしと信じて、心に疑はずば、その如く成るべし。
24 この故に汝らに告ぐ、凡て祈りて願ふ事は、すでに得たりと信ぜよ、さらば得べし。
この「神を信ぜよ」は「神の信仰を持て」と訳すことも出来、
イエスがおっしゃった意味は後者がより正確です。
神には信仰があります。
神の信仰とはご自分から発せられた言葉によって
現実の世界が創られる類のものです。
そうして6日間でこの地上のすべてを創造なさったことが、
創世記に記されています。
そこにまずあったのは神の発する言でした。
その神の持っている種類の信仰を
私たちにも持ちなさいと言っているわけです。
つまり私たちの心から生じる信仰の言葉を意識し、
言葉に支配されずに、言葉を支配する様にと。
言葉には2つの出どころがあって、
1つは頭から出た言葉で、
これは思考が基となっており、その先には目で見える常識などがあります。
もう1つは心から出た言葉です。
これは行動が基となっており、その先には聖書のことばがあります。
その行動とは特に聖言に従うきっかけとなる初動を指す場合が多いです。
前者の方に神の働きは表れてきませんが、
後者の方に神の働きは表れて来ます。
つまり神の信仰とは自分の言った事が成るというものですが、
聖書のことばを学び知り、
そこに従おうとする初動を求めて
私たちの心から発せられる言葉が実現するというものです。