Cipresso of our church members

神の助け

祝福のある道

大阪空港ホテルにて
今私は大阪の空港ホテルにおります。今日は芦屋での集会がありました。加治木教会の安息日礼拝が午後からになりましたので、金曜日夜の芦屋の集会がこうして可能に成りました。
明日は始発便で鹿児島に戻りますが、芦屋の灘井姉は明日が加治木教会に礼拝に行く週だそうで、又鹿児島で御会いする事となります。姉は関西空港から日帰りで加治木教会の礼拝に集われます。これも感謝な事ですし、不思議な事です。

神の与える教訓
灘井夫妻が救われた日、私とは初対面でした。御夫妻はある方の保証人になっていた為に、それまでで築き上げて来た自分たちの小さな会社が明日にも倒産と言う事態でした。
しかし神様はその不可能と思われる事問題を解決へと導いて下さり、夫妻は神様の力を通してその障壁を乗り越えて来ました。又それを通じて神様を知る機会が与えられ、信仰が養われています。
4月1日からその有限会社は株式会社へと移行し、新しい出発が始まる事となりました。更に信仰の教訓を活かして神様に従う祝福のある道を進んで戴きたいと願っております。それは世の中の人々には絶対に示されないし理解されない神の与えてくださる教訓です。

死人の為にバプテスマを受くる

身代り洗礼
私は大阪空港ホテルの一室で今これを書いているのですが、時間は金曜夜11時半です。
今日加治木教会を出る前にある信者さんがお見えになられました。その人曰く、昨年の夏の事ですが、熊本にいらっしゃるご親族の身代わり洗礼を受けたという事でした。それは義母の息子さんの事でした。この方は船の事故で約5年前に亡くなられました。本来は彼のお母さんが代わって受けるのが一番良いでしょうが、その御母さんに教会の話しをしておりませんでしたので、こちらに住んでいるその信者さんが代わりに洗礼を受けたのでした。

救いのお証し
さて、今年になりそのお母さんが熊本からその信者さんのところへ遊びに来たそうです。その時その信者の方はお義母さんに福音を語り、そして自分がご子息の身代わり洗礼を受けた事を伝えました。
そうしたらその義母さんが驚いてそれはいつの事かと聞いたので、昨年の夏ですと告げたところ、義母が言うには丁度その頃、息子が白い衣を着て天に昇って行くのを見たと。
それ以上の詳しい様子は聞きませんでしたが、そこには偶然ではない、救いの証しがあります。これは聖書に書かれてある死者の為の救いが確かなる事である1つの証です。
それを聞いた義母さんは大変に感謝し、来月教会に来て洗礼を受ける事になりました。そしてそこで一緒にお祈りをして、聖霊を受けました。

それから帰って、ふと庭の隅の方に何気なく歩いて行くと、そこに息子さんが生前に腕にしていたブレスレッドがあるではありませんか。それは今までどんなに捜しても見つからなかったものでした。海難事故の為に息子さんの遺体もない状況でしたので、お母さんはせめて形見とそのブレスレッドを捜していました。聖霊を受けた直後にそれが見つかったのも大変に感謝な救いのお証しでした。

主もまた共に働き

ある青年
只今病院に入院している西垣先生のところへハンサムな若者がよく遊びにきています。病室は違いますが彼も入院中です。よく西垣先生の部屋に来て絵の話しをしたり音楽の話しをしたり、彼はハンサムなので看護婦さん達の間でも結構話題になっているようです。

結婚受難期
信者さんにも現役の看護婦さんがいますが、なかなか結婚の機会を得られないのがこの職の辛いところです。
ある時、看護婦をしている信者さんが、結婚したいので良い人が与えられるようにお祈りして下さいとのことでした。私も応援する意味で、若い患者さんが来たらある程度積極的なアプローチも必要と激励したのですが、入院患者のすべてが高齢者との事でした。なかなか人との出会いは難しいと痛感しました。ですから、独身でハンサムな青年となれば、話題になって当然でしょう。特に鹿児島では結婚したいと考えている看護婦さんはかなり多いです。

福音
さて西垣先生はよく来てくれる青年に何とか福音を伝えたい、と私におっしゃったのですが、病院ではなかなか宗教の話しは難しいのは知っておりますので、個人的に何かのきっかけを作らないとなりません。そこでその青年の名刺を見せて貰ったところ、ある建設会社の設計士でした。すると不思議な事にその会社の社長とそこで活躍中の設計士は私が知っている人で、かつ両者とも洗礼を受けています。教会にも何度か来られていました。

これはいい話のきっかけが出来たと、早速西垣先生はその話を始めとして青年に福音を語りました。しかしながらその青年の返事は家の宗教を守っていかねばならないとのことでした。

天の助け
それを聞いて西垣先生は少しがっかりしていたのですが、そうこうしているうちにこの青年の母親とおばさんが病院に見舞いに来ました。そして、その青年が二人を西垣先生に紹介したのですが、そのおばさんの方が、「先生」とおっしゃいます。

「先生私を覚えてますか」と聞かれて西垣先生もはじめて思い出したのです。この方は教会で洗礼を受けていた人でした。最近は教会になかなか行けませんが、是非又行きたいとおっしゃいます。
そしてこのおばさんの方からこの青年に是非洗礼を受けさせたいと言い出すものですから、本当に不思議な話になって来ました。
こうして人が救われる為に天も動いて助けてくれるのを見せられて、改めてこの事の大切さと神の御旨を知らされた思いです。

神と共に働く
人が救われる事、これ自体が奇跡です。我々に人を救う力はありません。我々は福音を語りますが、神の働きと助けが必要です。
隣人を愛せよ、と聖書は教えます。それは神の愛、すなわち十字架の福音を伝える事です。祈りと神に働いて戴く事がいかに大切かを教えられます。神の御霊が働いて人を救いに導きます。聖霊の働きを我々は妨げず、そこに従う必要があります。我々は神と共に働く者です。
いよいよ感謝して常に主の働きを仰ぎ見、主と共に歩んで参りましょう。ハレルヤ

1996年3月23日安息日メッセージ

By Shinichi Uema
Cipresso of our church members

ブログをメールで購読

Hallelujah
メールアドレスを記入すれば、更新をメールで受信できます。

101人の購読者に加わりましょう

アーカイブ

カテゴリー

タグ

投稿カレンダー

2025年4月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

最近の投稿