
神の御名により頼む幸い
梅緑茶を淹れる朝7時頃は気温9℃でしたが、
快晴の空を見上げると白く輝く飛行機が西に向かって飛んで行きました。
昨日、今日と晴天続きです。
昨日は文化の日で休日でしたが、午後二時と七時にそれぞれ教会を訪ねて来られた方々が洗礼をお受けになられました。
20年前に受けていた奥様につれてこられたご主人と、
片や20代の青年がすでに洗礼を受けている交際中の方と来られ福音を聞かれ感謝でした。
今日出産予定の方がおられるので、今朝は会堂でその安産を願いお祈り致しました。午後二時頃無事に生まれたとご本人からご連絡を戴き安堵しているところです。
また先日は髄膜炎で入院されたお孫さんの為に来会された祖父母方と会堂で共に祈りをささげ、
お孫さんはその後意識が戻り、今は順調に回復途上にあるとのことで感謝致しております。
教会に在る神の御名により頼む幸いに常に感謝するのみです。
神と共に休む幸い
聖書によれば人間にとって最も大切な一つは休息であり、
それは神と共に魂を休ませる安息の時です。
魂の事は目に見えないので、分かりづらいですが、自然界にその型が表れているので、それを参考にすれば分かりやすいと思います。
そんな魂の休息など必要ないと思っている人でも、眠る時間が勿体無いから起き続けようとは考えないはずです。
もしそんな事をすれば体を壊すか気がへんになるか心を患うか、命の危険性まであるでしょう。
では寝ている時は合理的な何かをしているかと言えば、その逆で、見ている夢にしても非現実的非合理的なばかりで、目が覚めれば忘れています。
しかしその眠る時間が無ければ、起きている時間が成り立たないのも事実です。
たとえ睡眠中の事は全く思い出さないにせよ、起きて活動している間に対して眠っている間が何らかの影響を与えているはずです。
いやかなり大きな影響を与えていて、寝ている時間に支えられてこそ、私達は起きて活動出来ていると言えるのかも知れません。
大切な事は空気の様に目に見えないものばかりですが、
風が枯れ葉を舞い上がらせる様に
空気を直接見る事は出来なくても空気の仕業は目で見る事ができます。
魂の安息が如何に大切な事であるかにしても、
日常の暮らしをよく調べてみればちゃんと見えてくるわけで
要はそれらを否定しないで、素直に受け入れることです。
とても簡単なことだ。
「星の王子さま」アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
ものごとはね、
心で見なくてはよく見えない。
いちばんたいせつなことは、
目に見えない
こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。
なぜなら、神の安息にはいった者は、神がみわざをやめて休まれたように、自分もわざを休んだからである。
ヘブル人への手紙4:9-11 口語訳聖書
したがって、わたしたちは、この安息にはいるように努力しようではないか。