
完璧な行きあたりばったり
25℃☁時々☂小雨で気温は高くないのに、蒸すので暑苦しい感じでした。
外出時は自転車と車と半々、どっちにすべきか天を仰ぎながらもなかなか判断の難しいところです。
別に遠出をするわけでもなく、歩いても行ける距離ですからもし小雨に降られても気にしなければ済む程度なのですが。
毎回決まって最初はお天気のことばかり、書き出しにしていましたが、それを止めてお天気マークに置き換えたところ、急に筆が進まなくなった感じです。
しかしながら、その前にプロローグ的書き出しがあった方が格段に書きやすいのが最近分かりました。
特にこういったブログのような場当たり的文章では、最初に決められた型式を持った方が断然に書きやすいです。
なので、起承転結四段の前に型を決めて一段置くのが宜しいかと、ご参考までに。
型の無い文章を書く時は、型のある段落を最初に置くことで、とりあえず書き出せるからでしょう。
何でもいいから書き出すというのが一段目の役割ということになります。スイッチオンです。
なぜ書き出せないのか、と考えるに無意識下で完璧を目指しているから、という理由があるかも知れません。
紙でもキャンパスでも投稿スペースでも、何も書かれていない白紙というのはすでに完璧なわけです。
そこに何かを書く、或いは描くにしてもその完璧な白を汚しやしないだろうか、という不安が潜在しているから書けない、ような気もします。
いま最終段落の「結」に来て、よく考えてみれば、そんな完璧を目指して何か意味があるのか。
と問われると、これまた完璧に何もないと言えます。
完璧というのは一種の癖かとも思えますが、この完癖症候群との闘いの領域は無意識下なので厄介です。
確かにまだ何も書かれていない白紙一色の完璧性は凄いと思うのですが、それも一瞬で、たちまちそれを飲み込むかの様な退屈が襲って来ます。だから完璧は退屈の代名詞だと思うことにしましょう。これで完璧です。