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離れない神

この世の神は、捨てる神拾う神

今朝は18℃とすこぶる快適な気温で
日中は26℃、湿度83%とやや湿度は高めなものの
行楽の季節がやって来たと言えそうです。

冬に向かって動物たちも備える時期ですが、
この辺は熊はいないものの、
イノシシはけっこういるみたいで、

山間部の道を走っていて衝突もありえるので、
頭の隅に想定しておく必要があります。
イノシシは一直線に走るようで、

車に当たってお陀仏となった所を
持って帰って処理した、一部を戴いたことがあります。
いわゆるジビエですが、フランス語になると高級感が出て

そこには狩猟の領地を持つ貴族のみに許された高級食材の意味もありますが、
山海の珍味に囲まれている日本では、松茸を求めて分け入ったつもりが、
迷って出て来れなくなったケースも聞いた事があります。

マツタケなどは他人にありかを教えたくないので、
一旦迷えば、救助は期待出来ませんが、
携帯のなかった時代の話なので、今はそこまでないでしょう。

スマホとかSNSで世界中の人同士が繋がっているのは
これこそ実に驚異的な革命で、普段意識していないとはいえ、
その安心感は何にも勝って代えがたいものがあります。

ところで聖書の神は「妬む神」と書いてあるので、
ちょっとおかしいのでは?というノンクリスチャンの
質問がありましたが、

この場合「妬む」に使用されているキャノンは
神にのみ使用されている単語で、
「あなたを離れない神」と訳す方が理解しやすいかも知れません。

聖書の神は決してあなたを見捨てないし、
離れることもなく、
永遠にあなたと共に在る、という意味です。

しかし、人間の側は神から離れてしまう事があります。
これを罪と呼んでいますが、
神の望まない道を歩む事と、

真の神以外の偶像を拝む事が
聖書のいう罪になります。
法律を破る罪とは違って、いわゆる罪の呪いを受けてしまう事であり、

神の祝福とは対極にあるものです。
神は義であり、悪魔は罪です。
義は生命をもたらし、罪は死をもたらします。

聖霊を受けて、神と繋がっている私たちは不完全な故に
ひょっとして、神の道から外れてしまう時があるかも知れませんが、
そんな時でも神の側ではあなたを離れない、

決してあなたを見捨てない、
もし、方向転換して戻ってくれば
いつでも神はあなたを迎えている、と言っているのです。

つまり妬む神の「妬み」と訳されている語は、
人間の様に、不安から来る利己的感情から生じた妬みではなく、
神の愛の手は、罪の森で迷っているあなたから決して離れない、との意味です。
こうして唯一の真の神と私たちは永遠に結ばれているのです。


互にいどみ合い、互にねたみ合って、虚栄に生きてはならない。

ガラテヤ人への手紙 5:26

By Shinichi Uema
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