
長年に渡って継続される会合や集会
まばゆい光を浴びて起床は良いのですが、気温は低くたぶん8℃あるかないかでしょう。
湿度は45%と低く、ひざ掛けを出して来て腰に巻いています。
昨日の昼過ぎは25℃近くまで気温が上昇したので、今日一日も温度差が大きくなるでしょう。
昨晩は茶楽園での集会がありました。十名程の方々と共に聖書を学べる時を感謝致します。
教会が始まって早三十年が過ぎ、当時若かりし方々も等しくプラス30になり、
相対的であると論証されている割に、時間は生活の中で絶対値を掲げて鎮座ましましています。
広く世間を見渡しても三十年続く集会などそんなにあるものではありません。
教会だから続くわけでもなく、近くには売りに出された教会もありました。
ちなみにそれを買われたのは当教会の方でしたが。
長続きに必要なもの
世の中で唯一私の知る会合で三十年続いているものがあります。
名目があるにせよ、傍から見るとそれは飲会で、しかし浴びるように大酒を飲む方は誰もおらず
和気あいあいと雑談を楽しむ親睦会の様な形で続いているのですが、ここに来て体調を崩す方々も増えているようです。
酒には人間関係や体を壊す力もありますが、
逆に人間関係を円滑かつ持続させる効力も持ち合わせています。
使い方さえ間違えなければコミュニケーションツールとしても強力な後方支援となり得ます。
小学生の頃はよく酔っ払いが学校に来て、校長を出せ、と叫んだりしていましたが、
泥酔した人への対応はどの職員も頗る寛容で、なだめすかせる様にしてうなずきながら
支離滅裂な弁論に応対していたのは、実に面白かったです。
今や社会モラルが成熟したのか、酒の力を借りて誰かれ構わず当たり散らし鬱憤を晴らそうなどと言う人は見当たりません。
もとよりそういったお酒の使い方は許容されなくなったのでしょう。
当時は高度経済成長時代などと謳われましたが、今は少子高齢化、かくも時代は変化するものです。
お酒には薬効があり、薬としても用いられて来ました。
分量を間違えなければ体にも精神にも良い効果を与える事が出来ます。
感覚を鈍くさせるので、運転には御法度ですが、人間どうしのコミュニケーションにはむしろほろ酔いかげんの鈍感さが必要なのかも知れません。
これからは水ばかり飲まないで、胃のために、また、度々起こる病気のために、ぶどう酒を少し用いなさい。
テモテへの手紙一 5:23 新共同訳聖書