
二、三の徴
曇りの一日ですが、かなり冷えて来た感じもあって、今日の最高気温は23.5℃と低くなっています。
また台風かと思いきや上陸はないようで感謝です。
稲刈りは先週までに終わった所が多かったようで、収穫から紅葉へと秋は深まって行きつつあり、明日からはもう11月です。
ひと月が過ぎるのも早いのですが、一週間は飛ぶように早く感じて明日はもう日没後に安息日となります。
しかしこの間に選挙もあって過去何度も経験はして来ましたが、
流れが変わる時もあれば、一定期間継続の時もあり
春夏秋冬それぞれに季節や時期があるというのは面白いものです。
人間がどんなに頑張ってみても、こうした自然を支配している時の力には太刀打ち出来ないわけで、
新約聖書ロマ書には「心を熱くし、主につかへ」12:11とありますが、
同じ聖句を永井訳聖書では
「靈に於て燃え、期に對して隸(つか)へ」
と神の導きに従うに、時期との関連を述べています。
よく2,3の証人といわれますが、
これは2つ或いは3つの徴が出てきたら神の時である、
という捉え方をしているクリスチャンが多いので、
誤解が無いように説明を加えるなら、
もし目で見える徴を求めると言うなら、それは間違いで、
本当の徴というのは自分の心の奥底、つまり腹の奥底に与えられる確信、
またはそれと反対に止められる感触か、
もしくは声無き声によって囁く良心の声であって、
ある程度神に祈り求めた結果与えられるものです。
まず第一にそれが自分の心に在るのが先決で、
次にその内にすでにあるものを確認する目的で
目で見える徴が2つ、3つ起こって来るという意味です。
逆の言い方をすれば、
神に求めていないものや、
求めた結果、心に何も与えられていないなら、
たとえ2千、3千の徴が束になって降ってこようとも
自分とは何の関係もないもので、
神の導きと受け取る必要はありません。